| 脳神経回路の形成および損傷修復と脳特異プロテオグリカン |
| 大平 敦彦 |
| (愛知県心身障害者コロニー・発達障害研究所・周生期学部) |
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学習・記憶・感情・決断など脳が司る神秘的な機能は、脳の神経回路の活動によって生み出される。この神経回路が形成される過程は実に動的であり、様々な細胞間相互作用および細胞と細胞外の物質群との相互作用によって調節されている。この10年余の研究から、脳には、これまでのプロテオグリカンの概念を覆すのに充分な特徴的な構造と機能を持つ新規なプロテオグリカン群が存在することがわかってきた。 その結果、これら脳特異プロテオグリカンが、細胞間あるいは細胞-基質間の相互作用に直接的に関与することにより、神経回路の形成を制御していることが明らかになりつつある。また、成熟した脳が損傷を受けたとき、発達期に神経回路の形成に関わっていたプロテオグリカンの一部が再び出現することも明らかとなり、中枢神経組織の損傷修復におけるプロテオグリカンの役割についても注目されるようになった。そこで、このフォーラムでは、脳神経回路網の形成と損傷修復におけるプロテオグリカンの機能に関する研究の現状を、私達の研究を中心に紹介する。 1.大脳皮質における神経回路形成 神経回路の形成過程において、神経細胞は標的細胞までの長い経路をどのように認識して軸索を伸長させるのであろうか。大脳皮質の求心性および遠心性神経線維の伸長経路決定機構に、脳特異コンドロイチン硫酸プロテオグリカンであるニューロカンとホスファカン/受容体型チロシンホスファターゼ(RPTPz/b)が関わっていることを示す結果が得られてきた。この2つのプロテオグリカンは、神経回路形成期の脳に存在する主要なプロテオグリカンであり、不思議なことに、細胞接着分子であるL1/Ng-CAMやTAG-1をはじめとして、双方に共通のリガンド分子を多く持つ。このうち、大脳皮質への求心性線維の伸長経路決定機構は、ニューロカンとL1、遠心性線維の場合は、ホスファカンとTAG-1との相互作用で説明できることがわかった。プロテオグリカンが細胞接着分子と結合した後の細胞内情報伝達経路についても、解明されつつある。 2.中枢神経組織の損傷 中枢の神経細胞は、それ自身には神経線維を再生する能力があるにも関わらず、現時点では、中枢神経組織内で神経線維を再生させることは不可能である。その理由は、成熟した中枢神経組織では、損傷部周辺の細胞環境が神経線維伸長に不適切な分子組成となっているためと考えられている。成熟中枢神経組織の損傷部周辺の細胞外マトリックスには、発達期の脳に存在する全長型ニューロカンが一過性に増加していることがわかってきた。このニューロカンは、正常脳の場合とは異なり、損傷部周辺の反応性アストロサイトにより合成されることも明らかとなった。ニューロカンは、種々の培養条件下で初代培養神経細胞の神経突起伸長を抑制することから、中枢神経の再生を阻害している主要な原因分子と考えられる。しかし、生体が損傷という非常時に、自己の不利益のみを生み出す物質をあえて産生するということは考えにくい。中枢神経の損傷修復におけるニューロカンの正の役割についても考える必要がある。視神経は、網膜神経節細胞の軸索であり、中枢神経とみなされる。成獣の視神経を切断し、断端に末梢神経の鞘を移植すると、生き残った神経節細胞の多くが視神経を再生する。この時、神経節細胞および再生視神経の表面に、膜貫通型コンドロイチン硫酸プロテオグリカンであるニューログリカンC(NGC)が検出されるようになる。NGCは、発達期には網膜で強い発現が見られるが、成熟後には発現が低下する。また、NGCは、神経突起伸長促進活性や、神経保護作用を示すといわれる上皮増殖因子(EGF)活性を持つこともわかっている。したがって、視神経切断時に増加するNGCは、視神経の再生促進と網膜神経節細胞の生存維持に関わっているものと思われる。以上の事例を通じて、生体構造を支持する静的な役割を持つ物質群と理解されがちなプロテオグリカンは、実は、積極的に神経回路の形成や損傷修復を制御している重要な生理機能分子であることを強調したい。また、近い将来、脳特異プロテオグリカンの研究成果を応用して、不可能とされてきた中枢神経の再生を促すための、効果的な治療法が確立されることを期待する。 |